お世辞・社交辞令が言えない人の特徴「自意識過剰」「プライドが高い」

お世辞や社交辞令が言えない人の心理とは


出典:OpenClipart-Vectors(pixabay)

社会生活をしていく上で、人と人とのコミュニケーションというものは必須です。そして、そのコミュニケーションの取っ掛かりや円滑に進めていくために

「お世辞」「社交辞令」というものがあります。一般的に見て、少しネガティブな印象があります。

そして感覚的には、女性のほうがこういったコミュニケーション能力は高いのではないでしょうか。

男の場合は「自分、不器用ですから…」で済ますこともあります。

しかし、それではダメなのです。「お世辞や社交辞令を言わなくてもいい立場」の人はほんの一握りです。アメリカのトランプ大統領ですら

「彼は凄い奴だ!」と誰にでも言っているのを見ると、誰しもお世辞や社交辞令は必要なのかもしれません。

つまり、本音だけでは生活できないものと言えます。つまり、その人の本音が「宗教・文化・環境」などあらゆる面で他人と摩擦を持たないような考えを持っている場合には、本音でイケると思います。しかし、それは難しいです。誰しも「自分の考え」を持っているはずです。ただ、その考えは他人にとっては「非常識」の可能性もあるので

「一般的に正しいと思われること」を言う能力というのは大切です。それは同時に「他人が喜びそうなことを言う」ということにもつながります。

お世辞が嫌いという人はいない

たまに「私はお世辞が嫌いなんだ。何でも率直な意見を言ってほしい」という人がいますが、それは「トラップ」です。確実に。この言葉を鵜呑みにして、本当に「あの~、さっきから口臭がキツいんで、話の内容が入ってきません。取りあえず歯を磨いてきてもらってもいいですか?」とは言えないのです。

これも「本当は口臭がキツいのに、黙っていてあげている」いわば、「無言のお世辞」に他なりません。そして、お世辞と悪口というのは「本当に紙一重」です。いや、むしろ大人のお世辞や社交辞令というのは「かなり皮肉が入っている」場合もあります。

お世辞が嫌いと言っているオジサンでも、若い後輩のOLから「○○さんと結婚してる奥さんがうらやましいなぁ」とお世辞で言われたらどうでしょう。

○○くん、きょうちょっと一杯どうだ?」とお世辞を言われたほうは鼻の下を大きく伸ばして言うのではないでしょうか。そして、その後輩OLから「いや、今日は無理です、ついでに言うならこれからもずっと無理です」とピシャリと断られるのです。そういうことじゃないらしいです。

それに第一、「お世辞か本当に褒めているか」の区別なんて誰にもできません。相手の気持ちなんて誰にも分りません。「お世辞は嫌い」と言っている人は、かなりワガママだと思います。それに、そんなことを公言している人のほうが「お世辞が大好き」であることも多いです。その人にすれば「お世辞を言うな!と言ってるから自分に対しては本音で接してくれている!」というお花畑の世界で住んでいるという設定になっています。これはこれで幸せな世界です。

そんな人ほど、がんがんお世辞を使っていきましょう。効果的です。

お世辞が言えない理由「自意識過剰」「プライドが高い」

まず、お世辞などが言えない理由の一番大きなものが「自意識過剰」だと思います。「周りから媚売ってると思われないかな…」とか、「相手にお世辞とバレてないかな…」などという、自分の中で勝手に疑問を作ってそれに悩んでいるだけなのです。もしかすると「高等貴族であるワタクシがなぜお世辞なんか…」というよく分からない自意識に邪魔されているのかもしれません。

お世辞を言ったところで、言われた方も、それを聞いている周りも「全然気にしていない」のが実情です。気にしているのは、何と「自分だけ」というまさにコントのような状態になっています。

もしくわ、「自分のキャラクターは周りからこう見られているから、お世辞を言う必要なし」という謎のマイルールを設定している可能性もあります。

こういった「相手を立てる」のが出来ないのは、「プライドが高い」のが原因です。

自分が相手よりも下に行くことが出来ないのです。相手からバカにされたりするんじゃないか?とか周りからの目を気にして。

アメリカの大統領ですら、相手にお世辞を言ったり社交辞令を頻繁に使っているのに対して、そこまで地位も高くない人が自分の小さなきのこの山ぐらいのプライドを守ろうと必死なわけです。

お世辞を言ったとところで何も減るわけでもないのに、何故か「私は誰と接しても私だから」という感覚で、正面突破で人間関係をギクシャクさせてしまうのです。ナチュラルボーンで人間関係が上手くいくなら、それに越したことはないですが、人間、そこまで出来ている人っていますかね。こういう「私は私」という人がいるせいで、会社や学校での人間関係が悪くなったりすることのほうが多いです。

お世辞を言うことは、立場が上になるにつれて「お世辞や社交辞令」に対してあまり抵抗がなくなってきます。会社などでも「かなり上」の役職の人などが、20代の人に対して「後学のために教えて貰ってもいいですか?」と言っているのを何度か見たことがあります。これはもう完全に社交辞令ですよね。

「これどういうことだ?」と聞くよりかは、下から丁寧に聞いたほうが本音というか良い意見が聞けることが多い為です。スムーズに話が進むほうを合理的に選択しています。それに、60代の人が20代にお世辞や社交辞令を言ったところで、60代の人は何とも思っていません。円滑なコミュニケーションには必要だと感じているのだと思います。

これが中途半端に立場が低い人だと、「何で俺がお前なんかに!」とプロレスが出来なくなってしまうのではないでしょうか。つまり、他人から認められたいという承認欲求が強すぎるのも原因です。

まとめ

学生のころは、周りは同年代ばかりでお世辞・社交辞令を使う時はなかったと思いますが、社会人になるとそういうわけにはいきません。「全く尊敬できない上司」などに対しても「時にはお世辞」を言う必要があります。特に、飲み会などで使うと効果的です。

仕事中というのは、ほとんどお世辞や社交辞令の応酬だと思ってもいいので、この部分をあまり真剣に考えすぎると

「あの人は八方美人で誰にでも良い顔をする!」と周りで上手くコミュニケーションを取っている人に対して「ねたんで」しまいます。自分がしないだけならまだいいですが、他人がお世辞や社交辞令を上手に使っているのも許せないという「マイルールのクセが凄い」人になり、こっちのほうが人間関係は上手くいきません。

車のハンドルと同じように、マイルール以外の人も認めるという、ある程度の「遊び」の部分は持っておいたほうがいいのかもしれません。

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コメント

  1. より:

    「お世辞が嫌いという人はいない」と仰いますけど私は嫌いですよ。特にバレバレのお世辞は。
    どう見てもブスな子供に「まぁ素敵なお嬢様で~」とか言ってる人を見ると「こいつ大嘘つきだなw」と思います。
    嘘ばかりついていると他人から信用されなくなりますよ。
    仕事関係などでお世辞を言うのは仕方がないですけど、プライベート(友達とか)でのお世辞は止めたほうがいいと思いますね。