渋沢栄一の「論語と算盤」は必読 一万円札への起用は伊達じゃない

渋沢栄一が新一万円札の起用に決定しました。渋沢栄一って誰?思う人もいるかもしれませんが「功績は非常に大きい」です。また個人的にも「論語と算盤」を呼んで非常に感銘を受けました。

論語と算盤は「20代30代に読んでほしい」本ですね。


渋沢栄一の論語と算盤

「私が思う」渋沢栄一の功績を簡単にまとめると

  • 銀行や会社を多く作った
  • 社会貢献(学校設立・基金設立など)
  • 複式簿記を取り入れた
  • 日本社会に役立つことを考えていた
  • 中国の災害のときにも基金を設立

渋沢栄一とは?どうして新一万円札に選ばれたのか

渋沢栄一は江戸時代後期から明治維新、そして第一次世界大戦後まで激動の時代を生きていました。特にユニークなのが江戸時代後期から明治維新までです。

最初は「幕府を倒す側」にいましたが「幕府に仕える」ことになり、明治維新の後は「政府側の役人になった」のが、かなり珍しい経歴です。役人になった後は、政治家への誘いを断り実業家になります。

実業家になると、さまざまな会社を設立、または設立のための手伝いをしています。特に一万円札に選ばれた理由としては、「第一国立銀行や東京証券取引所」を設立したのが大きいと思います。経済の中心となる銀行と証券取引所なので、日本経済の礎を作ったとも言えます。

渋沢栄一の功績が凄すぎる!

渋沢栄一の功績のなかでも、官僚時代の「複式簿記を取り入れた」のは非常に大きいです。これまでは「現金出納帳」などの大福帳でしたが、複式簿記を取り入れて「経済の情報開示のレベルを国際標準化した」のは日本経済にとっては大きなプラスになりました。

【大福帳】
商家で、売買の勘定を記す元帳(もとちょう)。表紙に「大福帳」と書いた横長の帳面。勘定科目を分けず、取引順に書き流したものが多い。

複式簿記とは1つの取引において、お金の入出金と、その原因に関する2つの側面を記録するものです。
引用:複式簿記の重要性と記帳方法について解説!

複式簿記は簡単にいえば「お金の流れを透明化させる」役割があります。「大福帳」だと、何がなんだか分からないのです。取引の結果は分かりますが、数字の検証などができません。

現在の「税金を納める際の基本的なこと」なので、その功績は非常に大きいです。他の会社設立や社会貢献などはWikipediaに書かれているので、そちらを参照してください。

渋沢栄一の「論語と算盤」は絶対に読んだほうが良い

渋沢栄一の「論語と算盤」はマジで必読です。日本人的な考え方に納得できる部分が多いです。本を読んで私が実感した

「ええ言葉(考え方)やで」

と胸に染みたのをいくつかご紹介します。ちなみに「論語と算盤」の意味は「道徳的に正しいことと経済的に利益を上げることは両立する」という意味です。

道理⇒日本(社会)のためになるか⇒自己利益

渋沢栄一の有名な言葉として以下のものがあります。

事柄に対し如何にせば道理にかなうかをまず考え、しかしてその道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかを考え、さらにかくすれば自己のためにもなるかと考える。

つまり何かしようと思っているときに「まずは道徳的に正しいか考えて次に社会に役立つかを考え、最後に自己利益につながるか」を考えることです。

上記の考え方は「継続的な経済活動には必須」と語っています。つまり道徳的・社会に役立つことじゃないと「永続的には続かない」という考え方です。

悪い人が良い人になることもある

一般的に「良い人が悪い人になることもある」という考え方はよくありますよね。しかし渋沢栄一は多くの会社を設立するための手助けをしたり基金を設立したりするなかで「悪い人と思われる」人に対しても融資を行ったりしています。

これは「良い人が悪い人になると同じように、悪い人が良い人になることもある」という考え方で融資を行ったと書かれています。かなりふり幅が広い考え方ですよね。この考え方は一般人の我々でも普段の生活のなかで「あいつはくそな奴だけどもしかすると、良い奴になるかもしれない」と思いながら付き合うことができます。

逆もしかりです。

孝ならざる孝

これは「一般的に良いこととは思えないことでも、実は良いこと」という考え方です。本の中では例として「親孝行」について書かれています。

例:母親と2人暮らしをしていて、日中、息子は畑仕事をしている。仕事から帰ると、息子は母親に「足を洗ってマッサージしてほしい」という。母親は息子が帰ってくると、嬉しそうに出迎えて息子の足をマッサージしている。

上記のようなことが論語と算盤で書かれていました。これは一般的に考えると「息子は母親に親孝行していない」行為に入りますよね。親孝行をしている息子ならむしろ逆。親に対していろいろと孝行をすることを言います。しかし母親の気持ちになって考えると、息子が仕事から帰ってきたときに「疲れている息子に何かしてあげたい」と考えていて、それに対して「あえて親孝行じゃない行為をしてあげること」が親孝行につながるのです。

仕事から帰ってきて、母親のために料理を作ってあげて母親にマッサージをしてあげることが親孝行ではないときがあるのです。

少し分かりにくいですが、簡単に言えば「相手がしてほしいことは必ずしも良いことばかりじゃない」というものです。ただ物事には限度があるので、こういう考え方を言うと「めちゃくちゃ悪いことをしても良いの?」と言う人もいますが、「そういうことじゃない」です。物事にはそれぞれ適切な値というのがあります。

「孝(こう)ならざる孝(こう)」という考えは、「相手が本当にしたいと思っていること」をこちらが考えて提供するなので「一段階上」の孝行ですよね。


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