ツイッターは言論プラットフォームっていう強引なレッテル貼り

Twitterっていつから言論プラットフォームになったの?


今の若い人たちはもうTwitterを普通に使っている世代だと思いますが、私のような30代からすると、Twitterに対しては「何か今までにも同じようなサービスがあったなー」という感じなのです。

ミクシーとかFacebook、またはアメブロなどのような雰囲気だと思っております。ブログにするか140文字という短い文章にするか。

それが、私よりも上の50代以上の人たちの中には、Twitterを「言論プラットフォーム」という何かよく分からないものだと捉えている人もいるようです。

いやいや、ツイッターを使っている人たちの多くは

「今日めっちゃ天気晴れww」とか「さっきの嵐の櫻井くんヤバイ可愛さww」とかそういう普段の日常を「ただつぶやいている」だけではないでしょうか。

また、テレビとの相性も良いので、テレビを見ている人たちが「何となく」つぶやいているものがほとんどだと思うのです。

その中でツイッターは「言論プラットフォーム」と50代以上の人たちが顔をしかめながらそれっぽく言うのってどうなんでしょう。しかも、民間企業のサービスに対して「イチャもん」をつける。その民間企業が作っているルールなどに対して、自分たちが気に喰わないことがあると

「言論プラットフォームの責務」という小難しい日本語を使って「それっぽく」言うのです。

いやいやじゃあ裁判でも何でもご自由にどうぞ、と思うのですが

「絶対に負ける」からしません。

ツイッターの規約なんて優秀な弁護士たちが作っていることは間違いないので、そのルール違反をした人を利用できなくすることに対しては「相当考えられている」に違いありません。

しかも、そのルールも「だいぶ自由があり、利用者の自由度は相当高い」と感じます。

そのルールをも破っているとなると「完全に法的に問題あるレベル」であることは推測できます。

Twitterの一部のサービスだけを切り取り「レッテル貼り」

Twitterのサービスには、「文字」情報だけでなく、写真や動画をアップするサービスも付いています。また、災害などではその有用性は非常に高いです。被災地でテレビなどがなくてもツイッターからリアルタイムの情報を得られます。そういった様々な役割がある中で「言論プラットフォーム」という自分の都合の良いところだけを抜き出して

「レッテル貼り」をする。本当に問題だと思います。

Twitterは社会インフラとも言えますし、掲示板のような機能もありますし、友人たちとの情報共有の場でもあり、ビジネスで使っている人もいます。

つまり、自分たちの都合が良いように「どうとでも言える」のです。しかも「規制する」ほうに話を進めていくのがやっかいな所です。

相手に詰めるときだけは「非常に声が大きい」のです。せっかくの「自由の場」であるのに、おじさんやおばさん達がそういう自由の場を「オジ・オバの考える自由の名のもと」に奪っていきます。

こういった人たちは自分が持っている「権利だけ」はハッキリと言い、相手の権利は受け入れないという特殊能力を持っているのかと疑ってしまうほどです。

ただ、こういったことに「カチン」とくるのも、30代以上かもしれません。今の若い人たちは

「そんな問題があることも知らない」のかもしれません。私もアニメやスマホゲームなどは全く分かりませんし。ウイイレなら詳しいですが。

とにかく、若い人たちが使うサービスにオジサンやオバサンが入ってくるとロクなことはありません。ということで、最近ツイッター始めました。(30代男)

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