10歳の不登校YouTuberが炎上 多様性があっていいじゃないか

10歳の不登校YouTuberが新聞に取り上げられて炎上している様子です。10歳の革命家の動画を見ると、「自由に行こうぜ!」ということでしょうか。

尾崎豊も「この支配(学校)からの卒業」と歌っているので、いつの時代も男は少年時代から青年期にかけて「自由を欲するもの」かもしれません。

いろいろな意見はあると思いますが、正直

「日本のなかに1人ぐらいこういう男の子がいてもいいじゃないか」と思います。

親の責任はあります

普通に考えると、10歳の見知らぬ子供に対して大人が真剣に

「何を言ってるんだキミは!」と青筋立てて言うのは筋違いですよね。

彼と同い年ぐらいの人たちは嫌々ながらも学校に通っているわけで、そういった人たちのなかには

「俺もユーチューバーになって自由を叫びたい」と考えている人もいるのではないでしょうか。

前提として、私は10歳の革命家のことをユーチューブでしか見ていません。つまり見知らぬ他人の10歳の少年が不登校になろうが革命家になろうが「どうでもいい」わけですが、世の中そんなことばかり言ってたら自分と関係のないことはすべて「どうでもいい」で片付けられてしまいます。それだと世の中すべてが面白くなくなるので、少し考察しましょう。

まずは親の責任が考えられますよね。

10歳の男の子に対して、親の影響というのは「かなり大きい」です。宗教などもそうですが、子供のころの家庭環境に大きく左右されます。

一般的に考えると、義務教育を受けさせるのは日本国民としての最も基本的な義務です。これを怠るということは、日本国民としての基本的な義務を果たしていません。

子供自身が「受けない」という権利は持っていますが、親は子供に対して義務教育を受けさせる義務を負っているのです。

仮に親が「義務教育なんていらん!」と言っているとしたら、それが一番の問題と考えられます。

子供の幸せとは?将来のことは誰にも分からない

少年革命家は現在の状況に対して「そこまでストレスに感じていない」ように見られました。虐待などもある家庭と比較すると、全然マシではないでしょうか。

人はつい、自分の経験だけを元にして考えてしまいますが、その経験というのは「非常に恵まれている」という可能性もあります。

つまり、親も一般的にまともと思われる人で何不自由なく学校に行けてスクスクと育つというのは、ある子どもにすれば簡単なことではありません

恵まれた環境で育った人が、少し問題を抱えている家庭環境にいる子供に対して「正論」をズバっと言うのは残酷です。子供は親を選べません。めちゃくちゃお金持ちの息子・娘が、お金がない家庭に「何でそんなにお金ないの?親はちゃんとした仕事に就いてるの?」と言っているようなものです。

お金だけの問題ではなく、「精神的な豊かさ」もそれぞれの家庭によって違います。なかには親から愛情を全く受けずに育ったり、褒められずに育つ子供もいます。「変な親」は一定割合でどこにでも存在します。

映像を見ると、少年革命家は「自分の意見と思って」しゃべっていますが、それが本当に彼の意見かどうかは、彼自身も理解していない可能性があります。

しかし子供の将来を考えると、「何が正解か分からない」です。義務教育に通っていても途中で疲れてドロップアウトしてしまう人はいます。残念ながらそういう人も少なからずいるので、義務教育に何がなんでも行くのは子供にとって正解ではない気がします。また義務教育に通わないほうが何かの才能が育まれる可能性もゼロではありません。

もっといえば、義務教育をしっかり受けて良い大学に行ったからといってそれが本当にその子供自身の幸せにつながるかどうかは分かりません。

まとめ:自分の子供だったらダメだけど他人の子供だったらOK

私は比較的、10歳の子供が「どんな理由であれ」不登校になるというのには寛容的です。ただしそれは「他人の子供」の場合ですが。まあ誰だってそうですよね。他人の子供が不登校になろうが、それは他人様の問題であり、我々が関与できることは極めて少ないです。

もし自分の子供が「ロボットになりたくないぜ親父。学校なんか行きたくない」と言ってきたら、強引にでも学校に行かせますよ。子供はいませんが。

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