熱烈なファンはファン自身にとっては良いことなのかも、関係のない人にとっては迷惑だが

熱心なファンの「想い」はすごい

ファンの人

ネットニュースを見ている人は多いかと思う。通勤の最中であったり、学校の休憩時間、または仕事の最中など。そこでたびたび見るのが、「芸能」ニュース。SMAPの解散報道では、世間でも多くの人が「残念」に感じている。ただ、ネットの「コメント欄」までみると、少し熱量は上がってくる。きょうもこんなニュースを見た。

スマスマにタレントのローラが出演し、お土産のトーストを持ってきた。それをメンバー全員に配るといって、「4等分」にしたところ、中居から「スマップは5人だよ!」とツッコミが入ったということだ。

これでコメント欄を見ると「安心感がある・・・」「中居くんがいうと心が暖かくなる」といったことが書かれている。

私の場合のことを考えてみる。例えばイチローのファンだが、イチローが高校球児のときは、先輩たちからのプレッシャーでイップスだったという話を聞いた時は、「イチローでもそういうことがあるのか」と思った。そして、それを克服したのはプロに入ってから数年後だったと。

イチローのファンではあるが、「熱烈」なものではないのかもしれない。一度だけでも生でプレイしているところをメジャーに観に行きたいとかを考えている程度だ。

イチローの「何から何まですべて尊敬している」ということはない。WBCで優勝した際のインタビューで「イキかけました!」と言っている。私はこういう部分は好きなのだが、イチローが考えていることが全て正しいとは思わない。そういう考え方もある、と思っている。

ただ、これが良いか悪いかは別問題だ。何かを強烈に信じている人ほど、全体としての幸福度は高いように思える。心の底から、何かを、誰かを信じることが出来る日本人はなかなかいない。

海外で、宗教はなに?と聞かれて「ないよ」と答えると、すごい哀れみのような表情で見られたことがあり、メンドくさい感じになるので、それからは「仏教」と言っていた。そうやっていうほうが話がスムーズに進むからだ。私も究極的な圧倒的腹痛などに襲われた時は「神様!赦して下さい!」と冷や汗を垂らしながら何かの神様に必死に祈っている。そして、正露丸という神様を見つけると一気に腹痛が収まる。

そういえば、海外のサッカー選手は、試合中に相手を罵ったり汚いプレーなどをしているのに、ゴールを決めたとたん、「神に感謝する」ことが多い。ゴールを決めたことに神様は関係ないだろう、と思えばそれまでなのだが、「自分にとって都合よくモノを超解釈する考え方」というのは必要なのかもしれない。

何かを強烈に信じている周りの人たち

例えば、「スマップの解散なんでどうでもいい」と言うと、「どうでも良いなら言うな!」とか「お前のほうがどうでもいい!」とか「謝って!スマップに謝って!あと私にも!」と言われてしまう。その人たちから伝わってくる「熱量」というのは相当なものだ。

私にとっては、ただの記事の一つなのだが、そのファンの人たちにとったら、恐らく生活の一部になっている。これを批判されたら、そりゃ怒る。なので、周りにいる人たちは「あっ、そうだね、残念だね。悪いのは事務所でしょ?メンバーは続けたいって思っているはずだよ」とファンの人たちに言う。

「神様がいるから信じるってことではなくて、信じるから神様がいるってことですよね」とクリスチャンの人には言う。

何かを強烈に信じている人を怒らせたら大変なことになるので、なるべく「地雷」を避けつつ、私のような小心者は日々生活している。

スポンサーリンク
レクタングル大
レクタングル大

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル大