めちゃくちゃな自己主張が海外では評価される?大阪なおみ・セリーヌ問題

全米女子OPテニスで、大坂なおみが史上最強女子テニスプレーヤー・セリーヌを破って優勝しました。テニスをあまりよく知らない私ですら、セリーヌの試合は何度か見たことがあります。そのときは冷静なプレイをしていて、セリーヌには好感を持っていましたが、今回の大坂なおみとの試合で一気に考えが変わりました。

手のひらとは返すためにあります。

大坂なおみの優勝インタビューでセリーヌの言葉にもやもや

大坂が優勝した試合では、セリーヌは怒り狂ってました。後にコーチも「コーチングをしていた」と認めた「試合中にコーチングを受けていた」と審判に指摘されたためです。もうキレまくりです。

しかも、映像を見ると「チラッと」セリーヌがコーチのほうを見ているのも確認されています。それなのに「一人娘に誓って!!」などと審判に詰め寄りまくっていました。実は、海外のスポーツを普段から見ている人からすると、こういう審判に言い寄るシーンは比較的よく見かけると思います。

サッカーの試合でも「何であれがファールなんだよ、なんだよー」と選手や監督が審判にすごい剣幕で言い寄っているのはしょっちゅうあります。それに、海外では「とにかく自分の意見は言う」というのは「受け入れられている」ように思えます。

そのため、日本人からするとセリーヌのあの暴言は「言い過ぎ」とも取られますが、海外の人からすると「まあ、そりゃ言うよね」的な感覚ではないでしょうか。しかし、セリーヌもあそこまで言えるのは半端じゃありません。映像でもチラッとコーチを見ていて、後にコーチもコーチングを認めていますからね。

そして、その後「みんな、ブーイングはもう十分よ!」と、「自分が火をつけたのに、それを脇に置いて堂々とこんなフレーズを言っている」のです。この感覚を、もっと日本人は持ったほうがいいのかもしれません。

自分からケンカを仕掛けて、相手が向かってきたら「おい!ケンカなんてよそうぜ!血が流れてからじゃおせぇぞ!」と言った具合に。いやいや、あんたが始めてきたんでしょ的な。

海外ではセリーヌ擁護が7:3で有利?

どうやら、アメリカではセリーヌの主張はおおむね認められている様子です。

アメリカと日本では「黒人女性を批判すること」に対するハードルが少し違う気がします。アメリカでは「言いにくい雰囲気」であることは想像できます。仮に、トランプみたいな人がセリーヌのような暴言を言っていたら、ボロカスにいわれていたハズです。

しかも「審判による性差別」的な発言もセリーヌは試合後にしていましたが、そんなことはない様子です。

(※引用:AFP=時事)女子テニスのセレーナ・ウィリアムス(Serena Williams、米国)が、全米オープンテニス(US Open Tennis Championships 2018)の女子シングルス決勝で受けた処分を「性差別的」と話していることと関連して、米メディアが過去の処分のデータを紹介し、罰金を科された回数は男子選手が女子選手のおよそ3倍に上ることを明らかにした。全文はこちら

セリーヌの言っていることは根拠がなく、もはや言いがかりレベルなのですが、それでも「自己主張」はアメリカの土壌では受け入れられやすいようです。

大坂なおみの帰国会見で記者の言葉にもやもや

大坂なおみは、東レの試合に出場するために日本に凱旋帰国して、会見をしていました。このときの記者たちの質問が「ちょっと何言ってるかよくわからない(is that question?)」というものが多かったです。

しかし、質問するほうの立場になると「エッジの効いたことを聞いて独自の使える言葉を引き出したい!」と考えるのは当たり前です。それを踏まえても、特に「古来からの日本人とは違った日本人のイメージ・・・」という記者の質問にはあきれました。

こういった質問に「イラ」っとくるのは「私はハーフの人たちやダイバーシティを完全に理解していますが、そういったことを理解していない困った人達もいるんですよ」という何の根拠もなく、記者が上から目線で言っているような感覚になるためです。

おそらく、質問をした記者が期待していた返答は

「そうですね、今までハーフということでつらかったこともありました。私が活躍することで、私と同じようにさまざまな国をルーツに持つ人たちを、少しでも勇気づけられることができたら嬉しいです」などということでしょう。

メディアの人たちは海外基準のめちゃくちゃな自己主張ができているので、一般市民もメディアの人たち程度までは自己主張をやらないと損をします。

めちゃくちゃな言い分でも自己主張すべきかもしれない

「国内」と「世界に向けて」情報を発信するときは「使い分け」をしたほうがいいかもしれません。世界向けて主張するときは、100万円の束で上と下だけが本物の1万円で、中身は紙だとしても、「ここに100万円あります!」という主張を堂々としなければいけないのではないでしょうか。

「無理がある」ことでも「何も言わないよりかは良い」です。日本人の考え方は、世界的に見ても「ガラパゴス」なので、やはり自己主張も世界の基準に合わせてほうがいいのかもしれません。セリーヌを擁護する人がアメリカで多いのも、何となくわかります。

セリーヌなんて、コーチのほうをチラッと見ていた映像が残ってるのに「子供にかけてズルはしていない!」とか平然と言うんですよ、これが世界基準です。

自己主張が日本人は苦手だというのが一般的ですが、今後はもっと世界に向けては「どんなにめちゃくちゃでも自分の言い分を主張する」ぐらいの意気込みが必要だと感じます。論破されそうになると、すぐさま別の問題に切り替えるのです。つまり、正しいことだけを主張するのが自己主張ではないということです。


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