東急電鉄のマナー啓発広告に賛否の声

電車での化粧はマナー違反?

化粧

東急電鉄のポスターで「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ。」という啓発広告に、賛否の声が上がっているらしい。ネットの声では「女性への抑圧」や「そんなに気にならない」といった声が寄せられている。

このポスターは、全部で8種類予定されている啓発広告の第2弾である。このほかにも、「歩きスマホ編」などがあり、その中の一つの「車内化粧編」というのがやり玉に上がった格好だ。

車内マナーで気になるものを8つ挙げるとなると、その中には「化粧」は入ってくる可能性は大いにある。別に、女性だけを狙い撃ちにしたことでもない。むしろ、絞り出したうちの一つであるように思える。

このポスターに怒るところは「みっともない」という言葉だろう。このことに対して、女性の一部の人は「女性が化粧をどこでしても問題はない。このような啓発は化粧に対する偏見、さらに女性の自由に行動をするこということを制限する重大な違反」と考えていて、「女性への抑圧」という批判的な声を上げる。

しかし、実際問題として、車内で化粧をする人というのは「ほとんどいない」というのが実感だ。東京でずいぶん長いこと電車に乗っているが、年に数回見る程度である。小池都知事の肝いりでもある都会の「満員電車」の状態で、化粧をするというのはかなり困難だ。

ポスター前半部分にも賛否が!?

ただ、この啓発ポスターを見て、気になったのは、どちらかというと前半の部分。「都会の女はみんなキレイだ。」というところではないだろうか。

みんなキレイっていうのは言い過ぎだと思う。ポスターにある女性は、一般的に見て「キレイ」な部類に入るかもしれない。しかし、容姿というのには、それぞれ個性があり、全員が全員同じではない。価値観も個人によって違うので、同じ女性を見てもキレイと感じるかそうでないかは異なってくるだろう。このポスターに出ている女性を基準として「キレイ」を語るなら、その合格ラインは司法試験並みの困難さが生じる。

いや、ここで言う「キレイ」というのは、外見的なものではないのかもしれない。内面的なキレイさをほのめかしているのかもしれない。後半部分で「時々、みっともないんだ。」というのは、化粧をする前の顔を「みっともない」と言っているわけではなく、化粧をしている行為に対して「みっともない」と言っていると推測できる。

じゃあ、都会の女は全員中身がキレイなのだろうか。これには疑問が残る。果たして、全員が全員マザーテレサのように慈悲深いなんてことがあり得るのだろうか。こちらの方が難しい。そもそも、中身がキレイなんていうのは、その立場によって異なってくる。きわめて曖昧な表現である。

なぜ「都会」の女と限定されているのか

さらに言うと、「地方の女」はどうなのだろう。この啓発ポスターでは、都会の女はキレイだ。とある。「都会」という言葉に限定しているので、これは都会以外の地方の女のことは「キレイではない」と暗にほのめかしている印象を与えてしまう。これは、地方に住んでいる女性たちが「地方の女もキレイです。みっともなくはないけど」と言う権利はあるだろう。

電車内でしか化粧ができない時もあるかもしれない

ここまで書いてきたが、時間的に電車内でしか化粧ができない場合もあると思うので、「何が何でもダメ」というのは世知辛い。化粧をする女性の方も「時間がなくて…」的な顔をしながら化粧をすると、問題ないように感じる。

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