Jアラートは意味がない←それイスラエルで言える?

Jアラートは意味があるとメディアは伝えない

まずは、イスラエルの「アラート」に対する行動、対策を写真で見てみましょう。


以下の写真はISRAEL DEFENSE FORCESからです。

↑電車の中でしょうか。座席の間に入って乗客たちが伏せています。


↑市街地では建物などの近くで一つにかたまっている様子です。


↑周りに建物などがない状況ではこのように伏せるというのが基本です。

↑車の走行中、車を脇に寄せて子供を守っています。


↑多くの車が一斉に路肩に車を寄せて車と壁の間に伏せています。

北朝鮮からのミサイルが日本の上空を何度も飛んでいっています。おそらく、今後もこれは繰り返されると思います。そのミサイルが発射された際に「Jアラート」が鳴ります。

このJアラートに対して、批判的な意見もあるようです。

「この4分では何もできない」「大げさに危機を煽っている」と伝えているメディアもあります。

こういった「まだ何も起きていないのに、その危機に対して対応する」という非常に難しいということもありそうです。

例えば、あの2011年の津波の前に「東北の太平洋側に10メートルの防波堤を設置する」と政府が言えば

「それはない!」「税金のばらまき」と言われたと思いますし、もっと身近なところの警察でも、しばしばこういう「事件が起こってからしか対応してくれない」という声は聞きます。

警察に相談をしに行っても

「具体的に何かをされた訳ではないので、警察も何もできない」

と言われ「将来の危険」に対しては「対処する人」というのは中々腰が重いことはしょうがないのかもしれません。

Jアラートの件で言うと

ミサイルが落ちるわけでもないのに、いちいち警戒音を鳴らすな

ということでしょうか。

今回の場合だと、将来の危険に対して「対処する人」というのは我々一般人で、「将来の危険に対処してください」と言っているのが政府側です。

我々一般人が「対処する方法」としては、

  • 建物の中に入る
  • 外なら身を伏せる

という程度の負担しかありません。後は「音がうるさい」というぐらいです。これらの「手間」を我々がすることで「生存確率は上がる」ということは誰が考えても分かります。

この程度の負担に対しても「負担できない。意味がない」ということであれば、それは「人の命の重さ」がその人にとってはその程度のものだとも言えます。

Jアラートが空振りに終わったとしても、それは「良いこと」であるはずです。まるで空振りだったことが「悪いこと」であるようなメディアの伝え方は問題があります。ミサイル発射が「確実に成功する」なんてことは誰にも分からないはずです。途中で失敗するかもしれません。その時に危険が及ぶのは我々日本人だということも認識しないといけません。

そして、恐らく「一発でも領土に落ちたら」日本もイスラエルのように「Jアラートが聞こえたらすぐに建物に入る」か「身を伏せる」ようになると思いますが、それでは遅いような気がしてなりません。

それでは最後に、イスラエルの「アラート(ミサイル警戒音)」をご覧ください。映像ではミサイル迎撃(成功)をしている様子と共にアラートが鳴り響いています。日本でもこのような映像が撮られる日が来るかもしれません。

(Youtube動画:Life in Israel: Iron Dome Interception Over Tel AvivISRAEL DEFENSE FORCES)

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